陳樹火先生 與 陳賴鳳嬌女士

 

紙,教會我們許多,也希望你能體會,
草木凋萎化紙中所蘊含承先傳後運行的生生不息。

 

 

麥子不死,種子無以新生:樹皮腐草轉化為紙。在這過程中,我們看到中國文明的新里程碑,看到物質不滅、精神不死的驗證,也看到樹火紀念紙博物館的誕生。

1990年10月廣州白雲機場空難事件,帶走陳樹火夫婦的肉身之軀,他們的精神卻成了樹火紀念紙博物館的起步,一粒麥子死了, 唯有化為一片苗圃,麥子之死才不至於僅是一場悲劇。長春棉紙關係企業經陳樹火先生草創而茁長,數十年來扎根台灣,省思紙孕育於中國文化,卻未能在現代發揚的遺憾,成立紙博物館一直是陳樹火先生的願望,雖然未能趕在他生前實現,但只要開始,永遠不晚。

 

在財團法人長春棉紙基金會五年的籌備下,樹火紀念紙博物館終於在1995年10月正式對外開放。我們了解,博物館的生命在於互動,因此在這棟約160坪的4層樓建築物中,我們以活潑的展示設計和引導觀眾參與的教育活動為主,希望能充分發揮紙博物館教育推廣的功能;藉著台灣紙歷史文物有系統蒐藏與彙整,我們更期望成為一座具有台灣本土特色的紙博物館。

 

1999年基金會與紙博物館統一名稱為「財團法人樹火紀念紙文化基金會」,更將紙博物館的理念行動化,使推廣的觸角深入全省各個鄉鎮角落。

 

立足台灣、放眼世界是我們的抱負,但我們深知,得一步步,踏踏實實地漸進,路才走得長遠。

 

 

 

The bark and decayed grass could be the rebirth of paper.

 

As we understand matter and spirit will never die, so we do see the establishment
of Su Ho Memorial Paper Museum thereafter. In October of 1990, an airplane crash
in China’s Guangdong province, took the lives of Su Ho Chen, the founder and guiding light of Chang Chuen Cotton Paper.

 

For many years, Chen had dreamed of establishing a museum devoted to paper. His dream has come to fruition with the establishment of the museum he envisioned, dedicated to his memory.After five years of preparation, the Su Ho Memorial Paper Museum opened in October 1995.

 

Understanding that the vitality of a museum depends on it’s inter- action with visitors, we have created lively exhibitions and activities that encourage visitor’s participation all with the aim of fully realizing the Museum’s mission to educate and enlighten. By collecting and classifying Taiwanese paper artifacts system- atically, we hope to make the Museum a paper museum that reflects the unique history and culture of Taiwan.

 

In 1999, the Chang Cheun Cotton Paper Foundation and the Su Ho Memorial Paper Museum merged names to become the Su Ho Memorial Paper Culture Foundation. We have propagated the Museum’s message much more broadly around Taiwan. However, we also understand that each step must be taken carefully, secure footing maintained throughout, if we wish to tread our chosen path over the long term.

 

 

 

 

 

紙は、我々に多くを教えてくれます。また皆様が草木が朽ち果ててもたらされる紙に含蓄される、代々脈々と受け継がれているものを体得されることを希望いたします。
 

麦の種は死なず、種は新生を凌駕する:腐敗した樹皮が紙となります。この過程において、我々は中国文明の新しいマイルストーンを見ています。物質は不滅で、精神は死なないという検証、そしてまた樹火記念紙博物館の誕生を目にします。

 

1990年10月、広州・白雲空港での航空事故により、陳樹火夫婦の身体はこの世からなくなりました。しかし彼らの精神は樹火記念紙博物館設立の一歩となり、1粒の麦の種が死んだ後、それは一つの苗木となり、麦の種の死はただの悲劇には終わっていません。 

長春棉紙関係企業は陳樹火氏が創設し、成長しました。数十年にわたり台湾に根ざし、中国文化において育まれてきた紙が現代は発揚されていないことを遺憾に思い、紙博物館の設立は常に陳樹火氏の願いでありました。氏の生前に実現はできなかったものの、開始するのに遅すぎることはありません。財団法人・長春棉紙基金会の5年に及ぶ準備期間を経て、樹火記念紙博物館はついに1995年10月、正式に対外オープンしました。我々は博物館の命は相互活動だと理解しており、このため約160坪・4階建ての当建築物において、活発な展示設計と観衆の参与を導く教育イベントをメインにしております。紙博物館は教育推進いう機能を十分に発揮できることを希望しています。また更に、台湾紙博物文物の系統立った収蔵と統合により、台湾本土の特色を具備する紙博物館となることを期待しております。

 

1999年、基金会と紙博物館は名称を統一して「財団法人・樹火記念紙文化基金会」となりました。紙博物館の理念をよりモバイル化し、台湾全省の各郷・鎮まで深く接触して推進してまいります。台湾に足を下ろしながら世界に目を向ける、というのが我々の抱負です。しかし我々は一歩一歩確実に少しずつ邁進しなければならず、道はまだまだ長いことを深く知っております。